先週は
会津若松に行ってきました。
先週というと、そう、「
天地人」紀行でもちょうど会津若松だったんですよね。
土日にかけて廻った場所が次々とテレビに映って、まさにタイムリーで笑ってしまいました。
これぞ正しく正真正銘、
上杉家の追っかけです。(笑)
上越はもう何度も行ってますし、米沢も何度か出かけていましたので、この会津が最後の地でした。
これで完璧!
直江さーん網羅しましたよーーー!でも、追っかけなのに、肝心の上杉の幻の城、「
神指城」跡には行きませんでした。
今はほとんど何も残っていないそうだし、街からちょっと離れているので。
今回行った場所は、
鶴ヶ城、武家屋敷、御薬園、飯盛山、直江屋敷跡、などなど。
天地人関連施設めぐりが今回の主な目的だったけど、それ以外にも会津といえば、幕末の戊辰戦争・
白虎隊の話が有名ですよね。
16・7歳の武士の子息の隊が戊辰戦争の際、飯盛山で、城近くの煙を落城と勘違いして次々と自害してしまったあの悲劇。
徳川の人達だって無事に生き延びてこれたのに、こちらではお城に篭城して戦い、その間4千人近くの人々が命を落としたんですよね。
まさに悲劇の地。
女子も戦争に加わって頑張ったのに・・・
忠義に生きた当事の会津藩の方々を思うと・・・なんか、もう、なんていうか、すごく胸がいっぱいになります。
幕末、明治維新にまつわるお話は小説とかゲームとかでもけっこう目にする機会多いです。
だからかな。一生に一度はぜったい会津に行ってお参りしたいと思っていたので、今回その希望が叶って良かったです。
幻の神指城とか、明治維新とか。
いつも考えちゃうんですけど、もしあの時・・・あと少し何かが違っていたら・・・
きっと歴史の歯車も今の未来も違っていたことでしょうに。
でももう決して覆すことは出来ない・・・
歴史って本当に残酷で、不思議です。
飯盛山では動く歩道も完備して中腹の自害の地まで楽チンに行くことが出来ます。
大勢の観光客が訪れていて、その中には若い学生さんたちも大勢いました。
ああいう若者がこういった歴史を知るのはいいことだなーって思いました。
夜、8時過ぎ、会津の駅近くのホテルから、歩いて鶴ヶ城まで行ってきました。
本当はボンネットバスに乗って出かける予定だったけど、夕涼みを兼ねててくてく歩いていったら着いちゃいました。
夜間ライトアップしていたわりには、わたしたち以外は誰もいなくて、静まり返っていてちょっと恐かったですが、空にちょうど月が出ていて、静かな真っ暗闇に、くっきりと白く浮かび上がるお城は幽玄で本当に美しかったです。

まるでこのお城丸ごとすべてわたしたちだけのもの!って感じで気分が高揚しました。
鶴ヶ城って、思っていたよりすごく大きくて広くて立派でした。
石垣もお堀もすごかったです。これでお城自体本物が残っていたらなら・・・松本城や姫路城にも引けをとらない見事な城としてすごい国宝になっていたことでしょうね。
直江屋敷跡はお城のすぐ傍にあります。
こちらも、昼間にいったわりにわたしたち以外誰もいなくて、拍子抜けでした。
街の中にがらんとした空き地があって、
愛の文字入りの旗と看板がなければ、だれも史跡とは思わないでしょうね。
その看板も大河ドラマをきっかけに慌てて建てたって感じでした。
でもそこは腐っても歴女、満足感はありましたよ。

会津若松は観光地としてはちょっと中途半端な感じがしましたが、喜多方に行けばまた別の面が見れたのかもしれません。
出来ればまた行ってみたいです。
SLに乗ってみたり、桜の時期のお城を眺めたりとか、きっと迫力満点でしょうね。
あ。赤べこの電車とか、駅前の巨大な
赤べこの張りぼては、可愛かったです。